Hitch the world

-Just a documentary on my journey-

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カサブランカと謎のオーパーツ 

パリのシャルル・ド・ゴール空港を飛び発ち、

紀元前10世紀にその原型ができたという街、カサブランカに到着した。

今では商業都市として北アフリカに君臨するこの白亜の近代都市も、

メディナと呼ばれる城壁で囲まれた旧市街に一歩踏み込めば、

一気に中世へとタイムスリップ。

Cablanca

国民飲料、甘いミントティーをなめずりながら、

迷路のようなメディナを徘徊。

Cablanca

コンパスを見ながら歩いても、

行き止まりがあちこちにあるので思いのほか時間がかかる。

質は分からないが革製品がたくさん売っていて、

メディナ内は色で溢れている。

Cablanca

メディナの外の安宿にチェックインし、

落ち着いていたのもつかの間、見慣れぬものを部屋の中で発見した。

見た目は完全にトイレだが、排水口の様子がおかしい。

これではウン○ができないではないか!!

Cablanca

目隠しのための仕切りがあるので少なからず服を脱ぐものと思われるが、

謎だ。

ムスリムが足を清めるための神聖なオーパーツか?

それとも、小便専用便器?

思い浮かぶ使用目的が両極端すぎて、

ついにこのオーパーツに小便をぶっかけることが出来なかった。


その後に訪れたあちこちの田舎では、

カサブランカ人は金に汚いだの、すぐボッたくるだのと人々は言っていたけど、

そんなこともなく、みな親切で素朴。

田舎に行けば行くほど、人は都市部の悪いイメージを誇張して話すのか?

Cablanca

寝る前には、オランダのWil&Twanにもらったガイドブックの膨大なデータとにらめっこ。

しかし、部屋の片隅に鎮座しているオーパーツが気になって集中できない。

マラケシュよりさらに南にいった所に北アフリカ最高峰の山があるらしく、

とりあえず麓の村が綺麗だということで、軽い気持ちで行ってみることにした。


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マラケシュの脳みそ 

カサブランカからバスでマラケシュへ。

バスターミナルから一時間ほど歩いて辿り着いたメディナは、

カサブランカのそれより桁違いに大きく、

安宿エリアを探し当てるのにさらに一時間を要した。

Marrakech

メディナへの門をくぐると、まず目に飛び込んでくるのは熱気渦巻く地元商店街。

おばちゃんが品物に口角泡とばしケチをつけて、

八百屋のおじちゃんが仕方なく値下げしているような、

そんな熱い現場を横目に進む。

迷路に迷い込んでしまい自力で辿り着けないのを悟ってからは、

地元の客引きの力を借りてなんとか安宿エリアへ。

それでも大晦日を明日に控えてどこも安い部屋は満員。


しかし運良くフナ広場近くに良い部屋を見つけたときには、

夜十時を回っていた。


翌日はメディナをへとへとになるまで歩く。

この日は大晦日。

中心のフナ広場から遠ざかるに従ってローカル色が強くなり、

観光客も見なくなる。

Marrakech

板金工や車修理屋の集中するエリアで道に迷い、

いつの間にか城壁を出てしまっていた。

フナ広場に戻ろうとするも、結局二時間もかけて彷徨いながら戻ることに。

Marrakech

こんな脳みそのシワみたいな迷路、しかも行き止まりだらけでは、

コンパスもほとんど役に立たない。


フナ広場ではヨーロッパからの観光客が屋台の椅子にずらっとすわり、

空いていたのは牛の頭を食べる屋台。

Marrakech

地元民に食べ方を教わって、

味はともかく脳みそやら謎のテカテカした肉やらをたらふく食って、

この旅行で二回目の新年を迎えた。

Marrakech


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イムリル村とイブラヒムの陰謀 

乗り合いワゴン&タクシーで揺られること約2時間。

白い峰が間近に見える寒村、イムリルに到着した。

乗り合いタクシーで一緒だったイブラヒムおじさんが闇宿をやっているので、

格安で泊めてもらうことに。

思えばこの出会いが、

のんびりするはずだったこのバカンスを全く思いもかけないものにするのであった。

Imlil

格安といっても、

それは僕の所持品で要らないものをあげてディスカウントした結果だ。

例えば調理用オリーブオイルのスプレー、

ロンドンで買ってほとんど来ていないYシャツ、

重いだけでヨーロッパ以来まったく履いていないジーンズ、

ネパールでのエベレスト街道から使っていないフライパン、

カトマンズで買った革靴用の靴磨きセット。

Imlil

そういえば、

この旅行にでてからトレッキングシューズがついに五足目に突入した。

今の相棒はこの冬にデュッセルドルフで新調したMerrellのミドルカット、70ユーロ。

靴底の溝が浅くてグリップがちょっと弱いけど、ゴアテックスの防水性は完璧だ。

バックパッキングの旅は歩くのが仕事だとよく言うけど、

こんなに靴がすぐ壊れることになるとは思っていなかった。

一日に何Kmも歩いているから、当たり前といえば当たり前か。。。

imlil

このイムリルの村から20分ほど山奥に歩いたところに、

イブラヒムの家がある。

他にも何人か宿泊客がいて、

クランポン(雪上登山用の靴爪)やピッケル、ロープを点検している姿が見られる。


到着初日には、

近くのいくつかの村を散歩し、国民食のタジンで一日を締めくくる。

と思いきや、イブラヒムがこっちをじ~っと見ている。

イブ 「トゥブカル山はいつ行くのかね??」

ぼく 「え?山はしばらくいいや。」

イブ 「はい、寝袋とクランポン貸してあげる。

    ピクニックみたいなもんだからガイドなしで行けるヨ!」

ぼく 「ふ~ん、じゃ明日行ってみようかな。。。」

これが地獄の旅の始まりだった。。。

Imlil


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北アフリカ最高峰(の隣の山)登頂記 Ⅰ 

朝、最軽量にパッキングしたサブザックを背負い、

10:30AM頃にイブラヒムの家を出た。

Mt.Tubkal

登山道に出るまでに二回、道を間違える。

片道約五時間で、宿泊地のRefugeeと呼ばれる宿に着く予定。

パンをミントティーで口に押し流し、出発!


森林限界を超える間もなく、すでに出発してすぐあたりからほとんど木はない。

フサフサの巨大な毬藻のような植物が山肌に群生しているのみだ。

Mt.Tubkal

時折、ロバと馬の相の子みたいのとすれ違う。

三時間ほど経ったころ、途中の茶屋でミントティーを飲み、

手袋が片方しかないことを思い出した。

パリの地下鉄に忘れてきたのだ。

茶屋で中国製のしょぼい手袋が1000円で売っているけど、

ボッタクリすぎなので買うはずもなく、

仕方なく片方の手には靴下をはめて、レッツゴー!

景色にも飽きてきたところでiPODの中にダイブ!

シャッフルモードにして、

この旅行中にいろんな人からもらった13000曲の中でお気に入りを探す。

Mt.Tubkal

茶屋を過ぎた辺りから登山道は雪で覆われ、

休憩すると途端に体が冷える。

でもまだまだ大丈夫!

Mt.Tubkal

出発して六時間、休憩しすぎて予定タイムオーバーだけど、

無事、Refugeeに到着。

完全に深い雪で覆われた極寒の世界だ。。。

Mt.Tubkal

目の前に高くそびえる雪山からは容赦なく冷気が襲い掛かる。

イブラヒムはピクニックって言ってたよな、確か。。。

その夜は寝袋に包まっても、寒すぎてよく寝れなかった。


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北アフリカ最高峰(の隣の山)登頂記 Ⅱ 

翌朝、再び10:30頃に起床して、持ってきたパンを食べる。

ミントティーはポットで300円もしやがる。。。

しかたなくオーダーし、体も温まったところでいよいよ登頂!


装備を点検しているときに、

イブラヒムに借りたクランポンが半世紀前のヴィンテージものということに気づく。

他の登山者のものはプラスティック製でワンタッチで靴に装着できるのを見て、

初めて気づいたのだ。

僕のは取ってつけたような皮紐とビニール紐でぐるぐる巻きつける式。

これが寒さも手伝って思うように装着できず、三十分をロスしてしまった。

Mt.Tubkal

クランポンを無理やり装着し、頂上に向けてゴー!

今日は登り三時間、Refugeeまでの下山が二時間、

陰謀渦巻くイブラヒムの家までそこから五時間の、合計十時間!

Mt.Tubkal

Refgeeの目の前からいきなり壁のような雪上を行く。

体力には自信があるので、

100mほど前を行く三人のスペイン人の登山者を抜かし、どんどん進む!

しかし、このスペイン人たちはやたら重装備。

肩にロープを引っさげて、ザックにはピッケルが標準装備。。。

Mt.Tubkal

景色はというと、あたり一面銀世界。

前を行く人々のトレースを頼りに十歩登っては一呼吸を繰り返し、高度を上げていく。

スタート地点のイムリルが1750mくらいで、宿泊地のRefugeeが3200m。

トゥブカル山頂が4167m。

三時間で1000mUPは結構きつい。。。

しかも深い雪に足をとられ、途中から思うように進まなくなる。

漸く、右手になにやらでっかくてトゲトゲしい雪山の山頂が見えてきた。

高山病はなんともないけど、酸素が薄くて呼吸が苦しい。

後ろにいる例のスペイン人たちがロープを使って傾斜角45度ほどのルートを登っていくのが見える。

これは僕には無理。

おそらくノーマルルートと思われる、しかしこれも30~40度ほどの斜面を登ることにした。

とにかく呼吸が苦しいが、何回ずり落ちながらも頂上付近までジリジリと距離を詰める。



その時、別の方角にここよりさらに少しだけ高い山があることに気づく。。。

あ~、そういうことね。

トゥブカル山、あっちなのね。。。

目の前に現れたトゥブカル山だけには雪がなく、すごく登りやすそうな山だった。

じゃあ僕が今はりついているのは何?標高は?

今そんなの分かるわけもなく、

切り立った幅2mほどの尾根をずり落ちないように四つん這いで進む。

とにかく全身で雪と岩に張り付いて登る感じなのでかなりきつい。。。

トゥブカル山頂から見られていると思うとちょっと恥ずかしい感じだ。

あいつあそこで何やってんだ?みたいな感じか。


なんとかこの山の頂上にあるでっかい岩の塊によじ登り、

ひとまず、謎の山の登頂成功!

例のスペイン人たちもロープを使った急斜面のアタックに成功した模様。

Mt.Tubkal

とりあえずタバコに火をつけ、

つるっと剥げたトゥブカル山、

ギリシア神話に出てくるアトラスの郷土であるアトラス山脈の白い峰々、

そして赤茶けたモロッコの広大な大地を見渡しながら、

まあ悪くないじゃないかと自分を納得させ、下山の途についた。


イムリル村につく頃には日もすっかり落ち、

イブラヒムは笑顔でチキン入りのタジンを用意して待っていてくれた。

結果的にはきつかったけど白銀世界を行く最高な登山だったし、

話が違うとはさすがに言えず、

とりあえずタジンを三分で胃袋に収納し、

しずかな十時間の睡眠へと落ちていった。

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