Hitch the world

-Just a documentary on my journey-

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死海くらい行っとくか 

ヨルダンの首都アンマン。

中東のきな臭い情勢を報じる時に記者がよく言う、

「ヨルダンの首都アンマンからお伝えしました。」

っていうフレーズが頭に残っていたくらいで、

何があるのかとか、いまいち知らない。

たぶんホカホカのアンマ、、、ん?なんだ、、、ただの猫か。。。

知らないだけに情報収集しなくてはいけないのだが、

長旅で怠け者になってきているので思うようにいかない。

夜は、チヨさんとユウコさんとともにシーシャを吸いに行く。

Amman

せっかくだから死海くらい行っておくか!ってことで、

ここで最近よく会うユウコさんと、日本人のマキハラおじさんとともに、

タクシーをチャーターして日帰りトリップ。

空の色が濁ったチベットのような、乾いた大地を行く。


無料で遊べるフリービーチに到着。

岩石ばかりで泳げない。。。

そこで、アンマンビーチというホテル付随の有料ビーチに入場。

ラグジュアリーな雰囲気で、バカンス気分を味わった。

死海の水は温かく、ちゃんと体が浮く。

ユウコさんは全身泥パックで黒人になってる。

マキハラおじさんは肩に泥を塗られて刺青入れたヤクザみたいになってる。

気持ちよくて、ぷかぷか浮いたまま寝たいくらいだ。

が、塩分濃度が濃すぎて虫刺されがヒリヒリする。

オレンジ色の夕焼け時まで、何も考えずに、ただただ波間に漂った。


シリアの砂漠での疲労も完全回復したところで、

ぺトラ遺跡へと南下したのであった。



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ぺトラ 

インディ・ジョーンズのロケ地として有名。

でも映画には一瞬しか出てこないとか?

アンマンから一緒に南下してきたミユキさん、ユウコさん、

そしてブラジル人のルーカスと一緒に、

早朝から日暮れまで広大なぺトラを徘徊したのであった。

Petra

穴があったらとりあえず覗いてみて、

階段があったらとりあえず登る。

Petra

ユウコ氏の「お前らちょっと見て来い」的なドS指示のもと、

好奇心旺盛なルーカス氏とともに、所狭しと這いずり回った。

Petra

3時間ほどかけて、ビューポイントまで歩く。

Petra

日陰は涼しい。

Petra

「タクシー!」の声に振り向くと、ラクダがいる。

Petra

「エアコンディション!」

Petra

ここで、記念といってはアレだが作品を残すことにした。

題:フラミンゴ 作:キョーヘイ画伯
Petra

まずその辺にある石を削り、粉にして水を加えて塗料を作る。

あとは思うがままに描くだけだ。

雨が降ればすぐ消える。

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砂と星と野郎だけの世界 

ぺトラからさらに南下すること一時間半。

Wadi Rum(ワディ・ラム)というベドウィンの村に到着。

ここで砂漠にあるベドウィンのテントに泊まるのだ。


砂漠、といっても巨大な岩や山がそびえ立つ不思議な景観。

たしかスターヲーズのロケ地?だった気がする。


まずはベドウィンの慣習にしたがって、

テントのオーナー、Mr.Saud氏の村の中の家でシャーイを飲む。

Wadi・Rum

彼らは見た目は普通のベドウィンだが、相当の金持ちだと思う。

休日無しで、毎日何人もの客を泊めているとのこと。

一人約3000円/Nightで、 ランチ、ディナー、朝飯、2時間の四駆車ドライブつき。

今晩は15人ほど泊まるので、日収45,000円だ。

ということは、月収135万円の可能性ありってことだ。

彼はほんの一部の成功者だと思うが、なかなか効率良くやっている。

自分は主に指示役で、子供たちが車を運転し、たぶん2人の嫁が飯を作る。

そんなことを考えつつも、シャーイを飲み干し早速テントへ向けて車で出発。

Wadi・Rum

Wadi Rum村から5分で着いてしまったのには拍子抜けしたが、

早速、目の前には絶景が広がっている。


いきなり5時間の自由時間をもらったので、

マキハラおじさん(50)氏とルーカス(34)氏とともにガツガツと岩山を登る。

岩山の中腹あたりに椰子の木陰があり、そこで昼食。

メニューは、ピタパンという袋状のパンとホンモスという謎のペースト、

そして塩付けオリーブだ。

Wadi・Rum

事故で脊髄損傷というハードコアな経歴を持つマキハラ氏を残して、

ルーカス氏と僕はさらに奥へ。

ちなみにルーカスは日本語ぺらぺら。

長崎大学を卒業し、生物学の博士として埼玉で働く。

ちょっとルーク・スカイヲーカーに似てる。

砂漠は地下水が豊富だと聞いていたが、

カラカラに乾いた岩石の隙間から水が確かに湧き出ていた。

その周りにはコケが生え、草が茂っている。

岩山の上から砂砂漠を見てみると、

たしかに所々、地表近くの色が濃くなっており水があるのが分かる。

Wadi・Rum

これらの水場の位置を知り尽くし、

ベドウィンたちは遠く何千キロもの旅を可能としてきた。

昔読んだ何かの本に、

砂漠の民は限られた水や食料を確保するため殺し合いばかりしていたので、

好戦的なDNAを持っていると書いてあった。

Wadi・Rum

でも実際にこの中東の砂漠を旅してみると、

奪い合うどころか、仲間内で分け与えるのはもちろんのこと、

見ず知らずの旅人にまでモノや食料を分け与えているではないか。

バックグラウンドが違うにせよ、西洋人や日本人以上のホスピタリティ。

価値観が変わった瞬間だった。

Wadi・Rum

さすがに21世紀ともなると、

ラクダと共に旅をしているキャラヴァンに遭遇するのは困難。

観光産業に従事したり、

街に定住して他のアラブ人と同じ生活をしている者が、今や大半。


しかしどこに住んでいようが、

今でも広大な”母なる砂漠”から与えられた伝統を忘れることなく、

彼らは今も”砂漠の民ベドウィン”として誇り高く、この21世紀を生きている。

Wadi・Rum

ディナーを食べ、僕は満点の星空を写真に収めようと悪戦苦闘。

テントからは笑い声とギターのような伝統楽器の音が聞こえる。

Wadi・Rum

テントに戻ると、Mr.Suadの子供が僕に布を巻き、

伝統衣装を着せ、みんなでダンス。

楽しい宴が始まった。

ダンスパートナーが農婦のようなおばちゃんなのがイタイ。。。

Wadi・Rum

みんながテントの中で寝床を確保し始める中、

僕は外で寝ても大丈夫か?とMr.Suadに聞くと、As you likeとのこと。

Wadi・Rum

砂漠にマットを敷いていると、

ルーカスとトルコ人のバックパッカーがついてきてくれた。

三人で旅の話に花を咲かせ、

なんでギャルたちは俺たちについて来ないのかと文句を垂れ、

流星を先に10個見たほうが勝ち!とか、

野郎だけでするにはちと寂しい会話をした。

流星10個は簡単に見れてしまうので、人工衛星を探すことに。

Wadi・Rum


目を閉じるのが惜しいくらいの満点の星空。

いつ寝ていいのか分からない。

結局、

トルコ人のイビキが今日という素晴らしい日に終止符を打ち、

ようやく目を閉じることができた。

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