Hitch the world

-Just a documentary on my journey-

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荷馬車は行くよⅠ 

深夜のブダペストを後にし、夜行バスは一路ルーマニアへとかっ飛ばす。

Transilvania

朝、霧に煙るトランシルバニアの小さな町でバスを乗り換え、

眠い目をこすりつつやってきたのはルーマニア北辺の地、マラムレシュ地方。

Sighetu Marmatiei

東カルパチア山脈一帯に広がるのどかな田園風景。

天気良好。

人々は中世さながらの干草作りに勤しむ風景が至る所に見られる。

10分歩けばもうそこはウクライナ。

ヨーロッパ最後の秘境と呼ばれる地方だと、何かの本で読んだ。

Sighetu Marmatiei

イギリス人の経営する10ユーロの宿にチェックインし、

バックパックをどさっとベッドに降ろすと、外から呼ぶ声が。

大きなりんごの木の生える庭に行ってみると、バーベキューのお誘い。

そうか、今日は日曜だ。

どうりでここシゲット・マルマツィエイの町のあちこちで正装した人々が、

ミサへと繰り出していたわけだ。

宿のゲストはフランス人のパスカル氏27歳と、僕だけ。

Sighetu Marmatiei

翌日、ブタとニワトリの鳴き声で目を覚まし、

世界一”陽気な墓”と呼ばれる近くの墓地へと足を向けた。

バス停に着くとちょっと内気なパスカル氏も現れ、一緒に墓までローカルバスの旅。

数台の荷馬車を追い越し、約30分ほどでサプンツァ村へと到着。

Sapanta

当時27歳という僕と同い年の青年が、1935年に始めたという"陽気な墓"作り。

ローマ帝国のラテンの血を引き継ぐルーマニア人だからこその発想だ。

Sapanta

生前の個人の有様を現した彫刻が墓標に彫られていて、見ていて飽きない。

Sapanta

決して上手な彫り物じゃないけど、温かみを感じるし、

いってしまえば下手くそだからこそ、さらに陽気に見えてくる。

自分の墓はどんなのになるのかな~なんて想像しながら歩く。

Sapanta

町までの帰りのヒッチハイクの途中、

「あの話だけど、一緒にいってもいいかな?」と、パスカル氏。

ここへの道中、地図を広げてパスカル氏にある計画を話した。

二泊三日で地図に無い山道を歩く、中世の村巡りの旅。

ツアーなんかじゃ面白くない。

一人よりも二人。

ってことで、

翌日からちょっと内気なパスカル氏との、牧歌的な徒歩の旅が始まった。

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荷馬車は行くよⅡ 

翌朝、ニワトリの声とリンゴの実が落ちる音で目覚めると、もう集合時間の8時。

元銀行員のまじめなパスカルは朝飯を済ませ、もう準備万端。


フランス人だからどうせ9時ごろに起きてくると思っていた自分がバカだった。

どうりで頭よさそうな名前してるわけだ。

パキスタンで会ったジュリアンとは正反対の性格。。。


パンをバッグにねじ込んで、バス亭までダッシュ。

今日はバルサナ村にある女子修道院を皮切りに、イザ川沿いを歩く。


このマラムレシュ地方には他に古い木造教会がいくつかあり、

世界遺産に指定されているものもちらほら。

バルサナに到着すると、ちょうどミサの時間。

中世から変わらないであろう聖歌を人々は歌い上げる。

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この地方の教会の特徴は、とにかく尖がっていること。

屋根がとにかく、どうしようもなく、尖がっている。

たぶん雪でつぶれないようにするためだろう。

その丸みを帯びた不思議なデザインはムーミン谷を思い起こさせる。


バルサナを後にし、しばらく舗装された道を歩き、右に折れる。

ここからは車もほとんど通らない。

Barsana

水路に沿って歩く。

木造家屋から子供やおばあちゃんやらがこっちに気づき、じ~っと見つめられる。

「ブーナ・ズィーア!」

覚えたてのルーマニア語で挨拶すると、にこやかに返事を返してくれる。

Barsana

パスカル氏はフランス人なので、同じラテン系であるルーマニア語がなんとなく分かる。

おかげで道中、かなり楽させてもらった。

Glod

2時間ほどゆっくりぷらぷら歩いていると、Glod村に到着。

ここで昼食。

食堂では皿からはみ出たでっかいポークソテーとフライドポテトが2百円くらい。

腹も満たし、今日の宿泊地Poienile Izei村へとラストスパート。

今までは谷を歩いていたが、ここからは丘の上を歩く。

青空と瑞々しい緑、干草作り中の農民たち。

ん~、最高に気持ちいいハイキングだ!

In between Glod and Poienile Izei

Glod村から2時間ほどでPoienile Izei村に着くとまずは安宿を確保。

宿のオーナーはフランス語がぺらぺらなので、もちろんパスカル氏の出番。

本当に楽させてもらってる。

チェックイン後は素朴な村人たちと交流。

Poienile Izei

この地方には、10m歩くと必ずと言っていいほど手作りのベンチがあり、

村人たちの憩いの場となっている。

Poienile Izei

「写真とっていいかい?」

Poienile Izei

「いいよー。」

Poienile Izei

結構みんな写真にとられるの好きみたい。

目線をわざと遠くを見るようにしたり、帽子をちょっとずらしたり。

Poienile Izei

黄昏時の長く伸びた村人たちの影に僕らの影を重ねて、しばしの交流を楽しんだ。

Poienile Izei

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荷馬車は行くよⅢ 

Poienile Izei(ポイエニレ・イゼイ)村の朝。

とても静か。

静か過ぎて熟睡、またしても起きたのは集合時間の9時。

教会からのミサの歌声で目覚めた。

またしてもパスカル氏はすでに準備万端。。。


今日はこの村の世界遺産である木造教会を見て、最終目的地Ieud(イェウッド)村まで歩く。

宿を出発前に、オーナーに手描きの地図を描いてもらった。

パスカルの持ってるガイドブックにも、

僕の持っている地図にもここから先の道は書いていない。

オーナーはすごくいい眺めのルートだと言っているので大丈夫だろう。

Ieud

途中のBotiza(ボティーザ)村までゆっくり歩いて2時間。

Botiza

この村にも世界遺産の木造教会がある。

Botiza

屋根の形からどうしてもムーミン谷を思い出す。

パスカル氏はやたら宮崎アニメに詳しいのに、ムーミンは知らないらしい。

カバの一家と近所のお化けとクールなヒッピーの話と言っても分からないみたい。

Botiza

荷馬車のドライバー(?)に道を確かめながら、泥んこ道を進む。

Botiza

干草の塊をいくつも見ながら、どんどん進む。

Botiza

途中、丘の上で昼食休憩。

In between Botize & Ieud

宿のオーナーがお昼にと、弁当を用意してくれた。

ちなみに、

食べきれないほどの晩飯、朝飯、酒、弁当、ホットシャワーつきで一泊15ユーロ/一人。

だいたいこの辺はどこもそのくらいの値段のようだ。

Ieud

道行く干草積みの農民たちと話したり、犬に追いかけられたり、

ブダペストで買ったブーツのソールが粉々に砕けたりしながら、Ieud村に到着。

Ieud

ここにも世界遺産の木造教会がある。

Ieud

この村で何気なく決めた宿で、しこたま60度のローカル酒を飲まされる。

Crazy night at Ieud

狂った我々はその夜、地元の小さなバーに繰り出した。

そしてジプシーの若者たちと、飲み、歌い、跳ね、弾き、撮り、忘れた。

Crazy night at Ieud

そしてその夜、ふと聞きなれぬ物音で目が覚めたのだった。

「ゲフッ!ゲボッ!ゲボゲボ~ッ!! ふぅぅぅ~ぅううヴゴボゴボーッ!!」


つづく。。。

[edit]

荷馬車は行くよⅣ 

「ゴヴォヴォゴヴォーッ!!」

隣のベッドから豪快な発射音とともに弾き出された弾丸の起動の一部は、

一直線にビニール袋を外れ、床に。

「ごめんよ~。。。ほんとにほんとにごめんよ~。。。ゴヴォーッ!」

誘爆を防ぐために、僕はベランダに退避、そして深呼吸。

Ieud

そんなハプニングに見舞われつつ、

この中世ヨーロッパの原風景を歩くショートトリップは最終日を迎えるのであった。。。

Ieud

Ieud村の木造教会を見物し、

一路、Budesty(ブデスティ)村へとバス&タクシーの旅。

こっちのタクシーは35円/1kmくらいで激安なのだ。

Budesty村の外れに比較的最近できた修道院へ。

Budesty

ここマラムレシュ地方の木造教会や修道院内部に描かれた絵を見ていてると、

雲南、四川、青海省とチベット自治区で過ごした二ヵ月間を思い出す。

薄暗い境内、剥がれ落ちた塗料の断片、天国絵図、地獄絵図、悪魔、天使。

蝋燭の灯火。

チベット仏教寺院の内部で見たものと似ている。

Budesty

そして村のセンターにあるこれまた世界遺産の木造教会まで二時間の山歩き。

Budesty

天気も良く、パスカル氏の体調も回復してきたようだ。

Budesty

おっさんは昼間から酒盛り。

ラーメンのどんぶりを頭の上にひっくり返して遊んでるのかと思ったら、

伝統的な帽子だそうな。

Budesty

帰りはヒッチハイクでSighetu Marmatieiへと無事帰還。


さー、次はどこへ行こう。


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荷馬車に乗るよⅠ 

マラムレシュ地方を離れ、一路東へ。

Bucobenia

相方は引き続きパスカル氏。

Bucobenia

到着したのはまたしてもウクライナ国境付近の町である、Suceava(スチャヴァ)。

Bucobenia

パスカル氏と相談して、このブコベニアと呼ばれる地方の教会を巡ることにした。

Bucobenia

この地方には壁画が世界遺産に指定されている教会がいくつも点在している。

Bucobenia

それをヒッチハイクでつないでいく二泊三日の旅が始まった。

Bucobenia

まずは、Suceavaから10kmのDoragomirna(ドラゴミルナ)教会。

Bucobenia

多くの教会は修道院とセットになっており、黒服のお坊さんがお祈りしている。

雨なので一眼レフ、コンピューターは部屋に置いてきた。

Bucobenia

初日はめんどくさがっていきなりタクシーを拾ってしまい、後悔。。。

二百円くらいだけど、ボッタクリやがった。

Bucobenia

教会の壁画は二人とも「ん~。。。」って感じで、いまいち。

雨も降ってきたので、すぐに次の教会へ。

ヒッチハイクに挑戦すること七台目くらいで、車が一台止まる。

ナイスな老夫婦で、Sceavaまでの10kmをすっ飛ばす。

Bucobenia

ここから電車に乗り換え、一時間ほどでGura Humorului(グラ・フモルルイ)という町へ。

Bucobenia

雨はその強さを増してきたが、ここで二つの教会を訪れて、今日はおしまい。

ひとつは駅から5kmのVornet(ヴォロネット)教会。

Bucobenia

ここでSuceavaの宿の主人が車で通りかかり、難なく教会まで到着。

Bucobenia

Voronetは壁画良し、雰囲気良しでまあまあ。

まあ、ぶっちゃけてしまうと僕は教会とか建物とかにあんまり興味がない。

Bucobenia

お次は、Gura Humoruluiから6kmのところにあるHumorului教会。

もう全部同じに見えてきたので、詳細は割愛。

Bucobenia

ただ、

絵だけみるとチベット仏教寺院の壁画とほとんど同じことを言ってるように見える。

Bucobenia

そして今夜の宿泊地、Moldovita(モルドヴィタ)という山間の寒村へ。

途中で知り合った地元の女の子に案内され、宿へ到着。

ちなみにルーマニアはヒッチハイク天国だ。

10分も粘れば絶対止まってくれて、礼金も受け取ろうとしない人が多い。

Bucobenia

ブコベニア地方はどうやらタマゴに絵を描く伝統アートで有名らしく、

そのなかでも有名な人の家が、この宿。

内部は美術館になっており、奥さんがそのアーティストのよう。

村にはでっかい彼女のポスターが貼ってあった。

Bucobenia

絵を描くのが上手なら、料理も相当な腕前。

胃袋が破裂しそうになるまで、食い散らかした。

Bucobenia

20ユーロでトラディショナルな晩飯、イングリッシュな朝飯、弁当、

ホットシャワー、暖房、綺麗なベッド、家の内部の美術館が見放題なので、満足。

翌日のウォーキングに備えて、がっつりと就寝。


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