Hitch the world

-Just a documentary on my journey-

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ヒマラヤ・クエストⅠ 

カトマンズでは日に数回、計画停電がある。

街はほんの一時間程度だけ蝋燭の炎で照らされ、少しだけ喧騒が和らぐ。

先日までこのカオスから離れ、喧騒とは何かを知らない人々が住む地を訪れていた。


「ヒマラヤ山脈」


この地帯に静かに暮らすシェルパ族の村々を訪れること、

チベット側から見た世界最高峰をネパール側からこの目で再び見ること、

世界最長のトレッキングルートを通ること。

この3つが主な目的だ。


旅人は、

賢者「ユウタマエダ」 

主な役回りはルートを見極め、危険を察知し、情報を収集し、

そして財布の紐を盗賊から守ることだ。

彼とはタイのパンガン島、ラオス、チベットのラサですでに偶然会っている。

この冒険の書の筋書きを二人で描いたのは、ラサでのことだった。

そして盗賊「キョウヘイミタザキ」

酒場や宿屋で砂糖を少々、素早くくすねる様はさながら職人だ。

ジリ村を皮切りに、約1ヶ月に渡る壮大な徒歩の旅が始まった。


毎日、数百~千メートルのアップダウンを繰り返しながら少しずつ高度を上げ、

亜熱帯の森林地帯から目的の標高5000m~6000mの寒冷地帯へと距離を縮めていく。

JiriEverest1

すれ違うシェルパの男たちは、皆一様にジリ村から我々と同じルートで荷揚げをしていく。

一人当たり70kgにもなる商品群を背負い、遠く凍りついた地まで売りに行く。

ぼろぼろのサンダルや、時には裸足で、ゆっくり、ゆっくりと歩を進めて行く。

JiriEverest2

ジリ村から先は、途方も無い距離を徒歩で行かねばならない。

険しい山道は車もバイクも通れず、徒歩以外の選択肢は無いのだ。

JiriEverest5

彼らが行かねば、途中の村々の人々の生活は立ち行かない。

今日も彼らはゆっくり、ゆっくり、少しずつ、しかしこの街道と呼ぶには細く危険すぎる道を、

絶えること無く行き来する。

JiriEverest7

女たちはバッティと呼ばれるシェルパ用の雑魚寝宿の切り盛りをしており、

先立つものに乏しい我々のような珍客を、ときには快く、無料で泊めてくれたりもした。

JiriEverest3

この山脈には昔から魔物が住むという伝説がある。

その魔物の吐く毒息により、高地へ赴いた人たちは志し半ばによく倒れたそうだ。

この道中、我々一行もこれに苦しめられた。

JiriEverest12

いわゆる高山病だ。

Jirieverest4

このトレッキングの間でも、

6000m級の「アイランドピーク」へ登頂を仕掛けた日本人女性がこの魔物により死んだ。

JiriEverest6

幸い、自分は標高6000mまではなんともないようだが、

賢者「ユウタマエダ」は5000m付近で体調を崩し、熱と頭痛に悩まされていた。

JiriEverest13

基本的には体格や体力、肺活量などとは全く関係が無く、人はこの病にかかる。


最初の目的地「カラ・パタール」。

ここでは世界最高の峰々にぐるりと囲まれ、さながら神々の座談会の様相を呈している。

とてもこの景観は言葉では語りつくせない。

JiriEverest8

神か、多くの死んだ登山家か、何かしらの妖気を感じずにはいられない。

夜には気温はマイナス10~20℃まで下がり、

カトマンズで格安で買った寝袋の性能を恨んだ。

「カラ・パタール」登頂を終えた直後から、賢者「ユウタマエダ」の様態が危ぶまれた。

しかし、彼の強靭な精神力と命を賭した冒険心により見事克服。

第2の目的地「チョ・ラ・パス」登頂は、今回の旅で最も危険な場所だった。

JiriEverest9

我々にはガイドも荷物を持ってくれるポーターもいないため、基本的に全てDIYだ。

ここはガイドが先導してくれないと氷河の裂け目「クレバス」へ落ちてしまう。

また、このトレッキング中に落石で一人のシェルパの男が死んだ。

しかしこれまでの道程でしっかりと蓄えてあった貯金がここで役に立つ。

JiriEverest11

実は他のいくつかのグループのガイドたちとすでに仲良くなっており、

事前情報入手はもちろんのこと、

「チョ・ラ・パス」登頂当日もいくつかのグループと出くわしたことにより、

後ろから付いて行くことができた。

彼らの無償のガイド精神に感謝する反面、申し訳ない気もするが。

そして最後のハイライト「ゴーキョ・リ」登頂だ。

美しい湖「ドゥードゥー・ポカリ」を横目に、世界最高峰の峰々を再び眺めた。

JiriEverest10

この美しさと感動を表現する文章力を残念ながら自分は持ち合わせていないので、

詳細は割愛。


そして再び喧騒の街、カトマンズに戻ってきた。

1.2倍に膨れ上がったふくらはぎが萎む前にこれから今年いっぱいを使って、

ランタン谷、そしてネパールの北の奥深くにあるといわれる謎のムスタン王国へ、

単独トレッキングをしようと思う。

JiriEverest14


ヒマラヤ・クエストⅠ


*今回の詳しいレポートについては、

ユウタマエダの下記サイトに詳細がUPされている

紀録 -世界一周旅行記録WEBサイト「キロク」-
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ヒマラヤ・クエストⅡ 

「あんた、俺との約束覚えちゃいるかい?ほら、この手紙、、、
 届けてくれるって話だよ。」

Ang Tseringとは、ランタン谷へ行く途中の茶屋で少し話しをしただけだった。
帰路で再び彼の茶屋に寄ったとき、一通のラブレターを渡された。

Langtang

「ただTharepati村のあんたの彼女に渡しゃいいだけだろ?
 この国じゃ郵便だしてもなかなか届きゃしねえからな。
 柄でもねぇけどよぉ。。。引き受けるよ。」
「恩に切るぜ。そうだ、今晩Thro Syapru村でラマがいっぱい来てよ、
 四十九日の法要やるんだ。
 あんた、来ないかい?」
「面白そうだな、一緒にいこうや。」

Langtang

Thro Syapru村は段々畑の中にある静かな村だった。
聖湖Gosainkundへ歩を進める前の休息を取るには、良い村だと感じた。

「よぉ、Sonam。今日はいったい誰の法要なんだい?」
「なんだ、おまえさん知らねぇのかい。。Ang Tseringの親父だよ。」

Ang Tseringの親父は酒をしこたま喰らって、
荷上げ中に足を踏み外し、谷底で死んだ。
46歳の若さだった。

”そうだ、あんた、酒には気をつけたほうがいいぜ。特に山歩くときはな。。。”

彼がThro Syapru村に向かう途中で何気なく吐いた言葉。
この時には、まだこの言葉の真意を理解してはいなかった。

Chorangpati

この法要へはランタン谷の村々から何百人も押し寄せ、
ダルバート、酒(不謹慎だと思ったが)、フルーツが無償で配られる。
この法要を取り仕切る中心人物がChimi LAMAという人物だ。
あるアイデアが浮かび、隙をみて彼に話しかけた。

「なあ、坊さん、、、今晩も冷えるな。。。
 あんたShigatseから亡命して来たんだろ?
 話は聞いたよ。
 この一晩中歌って踊るスタイルは、Shigatseのやり方かい?
 おれはShigatseを通って来たんだぜ。お互い懐かしいなあ。。えぇ?マイフレンド。」
「昔のことだからな。親父の代で逃げてきたから、、よくわからないな。
 行ってみたいなあ、いい所だったろ?」
「そりゃもう花咲き乱れ、天女が舞い踊る、五穀宝珠のこの世の極楽さね。
 ムスタン王国のようにな。。。ムスタンも行ってみてぇんだよなあ。。。
 なあ、あんたもそう思うだろ?」
「なんだおまえさん、”ロ・マンタン”に行きたいのか?
 あそこは小さいが、チベット人の最後の王国なのは知ってるな?
 俺もチベット人の端くれだ。。。手を貸すぞ。。。
 俺の友人を使えば、安く上げてやれないこともない。。。
 まあ、なんというか、、それでだ、、、、あのう、、一緒に行ってもいいか?」
「もちろんさ(作戦成功)。」

Meramch Bazaar

・・・オム・マニ・ペ・メ・フーム・・・オム・マニ・ペ・メ・フーム・・・

”天国・蓮華の花にまします宝珠・地獄”を繰り返す聖歌は、
壊れたレコードのように、
夜が明けるまで地を踏み鳴らすノイズ音とともに、
死者の眠る深く抉られた大ヒマラヤの谷底に、
日の出まで大音量で木霊し続けた。

・・・天国・地獄・天国・地獄・天国・地獄・天国・地獄・・・

Thro Shapru

翌日、Chimi LAMAの友人を伝って、
ムスタン王国への手配が安価に整うこととなった。
しかし、この王国へ外国人が入境するには、二人以上でないと追い返されてしまう。
現在もパートナーを探しているが、未だに見つかっていない。

Gosainkund

このThro Shapru村を後にし、
チベット仏教の聖湖 極寒のGosainkundを通ってTharepati村へ。

Gosainkund

「Ang Tseringは気の毒だったな。ほら、手紙だよ。待ってたんだろ。。。
 ところであんた、べっぴんだな。。。奴が惚れるのもわかるぜ。。。
 So cuteってやつだ。なんならVery Beautiful!!
 おまけにAmazing!!! So lovery!!!とでも言っちゃうぞ!
 ・・・つうことで、宿代タダでいいな?」

Thro Shapru

へランブーと呼ばれる低山地域を通り、再びカトマンズまで帰ってきた。
相変わらず車とバイクの往来が激しく、おちおち道も歩けない。

Meramch Bazaar

渋滞の喧騒と停電の静寂の繰り返しだ。

PS:自分勝手な野郎に一言も文句を垂れず、
   ランタン谷方面へのトレッキングに付き合って下さった、
   「カオリ・ホンモト」に感謝します。


ヒマラヤ・クエストⅡ

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ヒマラヤ・クエストⅢ 

「しかしおめぇ、なんでビーチサンダルなんだ?」

荷物の軽量化はトレッカーにとって重要なファクターだ。

体が軽いと、心も軽い。

しかし、人は時に、やりすぎという失態を犯す。

それをこの極寒のヒマラヤ砂漠でやらかしたのが、この俺だ。

そして苦し紛れに、こういう言葉を吐く以外に手がなくなる。

「うるせぇ、これが俺のスタイルなんだ!」

Jomsong trek

Dharwo Sherpa、27歳、旅商人、亡命チベット人。

Kagbeni村にある山に、祈祷旗を掲げに行く巡礼の途中だという。

Jomsong trek

「やいチベタン、俺は別にガイドはいらねえよ。」

「誰がおまえにガイドなんかするかよ。

 でもよお、せっかくなんだから一緒に行かねえか?」

「、、、じゃあ部屋代シェアしようぜ。

 そういえば俺、入域許可証持ってないから、ポリスを見たら逃げるからな。」

この地域はアンナプルナ入域許可証:2000ルピー≒2400円が必要だが、

何に使われているか解らぬものに払う金は無い。

Jomsong trek

兎にも角にも、

こうして二人はMustang王国の遥か南にあるLower Mustang地域を目指し、

古くインド・ネパールとチベットとの商いに使われたJomsong街道を行く、

10日間に渡る徒歩とヒッチハイクの旅を開始した。

Jomsong trek

二人で相談し、最終目的地はMukti-nahtに決めた。意味は「力の集う場所」。

ここでは不思議な火を見た。

寺の床下の地下水脈の管理蓋をこじ開けると、流れる水に小さな青い火が灯っている。

昔はもっと巨大な炎だったらしいが、人が多くなるにつれ、小さくなっていったという。

Jomsong trek

Dharwoは亡命チベット人。

9歳のときに出生地であるカイラス山(須弥山、またの名をカン・リンポチェ)から徒歩で出国し、

ダライ・ラマ14世の庇護の下、インドのダラムサラで6年間の英才教育を受けた。

しかしその割には下品なジョークばかり並べる。

彼のおかげで、終始、笑いの耐えない旅となった。

Johmsong trek

いつの日にかMustang王国へ行くときには、無料でガイドしてくれるという。

王国への行商は良い金になるらしい。

彼は十分優秀なガイドにもなれるが、ガイド業者を嫌い、

骨董品を売る旅商人の道を選んだ。


「こっちのほうが気楽なんだ。だってガイドはエージェンシーに縛られるからな。

 行商だったら好きなときに旅をして、

 おまえみたいなサンダル馬鹿とも金の話抜きにして楽しめるしね。」


こうした笑いに包まれた旅も終わり、彼はポカラの難民キャンプへと帰っていった。

「達者でな。。。俺たちいつ再結成できるかなあ。。。」

彼の湿っぽい別れの言葉が、ポカラの渇いた朝空に吸い込まれていった。


ヒマラヤ・クエストⅢ

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ヒマラヤ・クエストⅣ 

「相席いいかしら?」

ルンビニーにて席もまばらな暗いレストランで茶を飲み、真っ黒な鼻くそをほじくりだしたその瞬間、

とある北欧の国から来た20代後半の女性に急に声をかけられ、おののき、のけぞった。

「一緒にチトワン国立公園にジャングルウォークしに行かない?」

Lumbini&Chitwan

彼女のプラスチックのような表情からはじき出された言葉に対して、

最初は”めんどくさいけど、暇だからいいか”、程度の考えでOKを出した。

Lumbini&Chitwan

しかし、これが本当にめんどくさい旅の始まりだった。

要は、彼女はリアルヒッピーであり、ジャンキーであり、レイヴァーなのだ。

インドを7年、ミャンマーのジャングルを不法滞在で1年暮らしていたという。

彼女は現地民への尊敬心は皆無。

命令口調で、常に何かしらに怒っている。

そのくせ、旅の目的は”Soul mate”を探すことらしい。

自分も人のことはあまり言えないが、少し壊れている。

Lumbini&Chitawan

ジャングルを1泊2日で歩く途中、こんなエピソードがあった。

晩飯も食い終わり寝ようとしたところ、彼女が急に明日の朝食に魚を食いたいと言い出し、

気のいいガイドのVishnu君は、眠い目をこすりつつ、

張り切って夜9時のワイルドリバーに飛び込んだ。

竿が無いので一所懸命、手づかみで苦闘する彼。

彼女はファイヤーダンサーでもあるので、

川を照らすために岸で火の着いたチェーンをくるくる回し、

東洋を意識した変なポーズ取ったり、変な顔したりする。

彼岸のジャングルからは聞いたこともないモンスターの叫び声が轟く。

Lumbini&Chitwan

そして、飽きたのか、いきなりこんな一言。

「あーあ、こんな手づかみの釣りなんて、聞いたことも見たこともないわ。

 ほれ!帰るぞ、きょーへい!」

頑張るVishnu君を置いて、礼も言わずにさっさと宿に帰ってしまった。

Lumbini&Chitwan

呆然と顔を見合わせる彼と自分。

しかし、次の日からもVishnu君は何事も無かったかのように、

彼女に語りかけ、笑いかけ、ガイド業を立派に全うした。

カトマンズまで彼女とは行動をともにしたが、さすがにここで逃げることにした。

Lumbini&Chitwan

別れ際に、

「よぉ、ねーちゃん、Soul Mateだかなんだかしらねーが、

 あんたもう8年も経ったんだろ?

 そろそろファンタジーワールドから戻ってきたほうがいいんじゃねえか?

 Soul mateはあきらめな。あんたにゃ到底無理な話だぜ!」

こう言おうと考えたが、彼女の英語は速いし、頭の回転も速い。

確実に浴びせられるであろうマシンガンのような反論に対して、

「パードゥン?ソーリー?エクスキューズミー?」を、

呪文のように100回唱えることになりそうだったので、やめた。

嫌なことはすぐ忘れたいので記録に残したくはなかったが、

反面教師と捉えれば合点がいくので、この話はあえて書くことにした。

Lumbini&Chitwan

そして、

カトマンズではインドへ旅立ったはずのユウタマエダ氏となぜか再会し、

彼が再びインドへ向かった後、

自分は韓国人の27歳ナイスガイ Hun君と行動をともにしている。

自転車でヨーロッパを目指す途中だという。

クリスマスパーティーにもお呼ばれし、楽しい時を過ごすことができた。

気がつくと、チトワンでの出来事もすっかり洗い流してもらった気がする。

若い韓国人は日本人と感覚がほぼ同じなのか、やたら気が合う。

ユウタマエダ氏の韓国人の友、サンジン君のグッドエピソードを彼から聞いていたので、

興味を持ち始めた矢先の出会いだった。

彼の自転車の荷台に乗せてもらい、

もはや第2の故郷と化したカトマンズの街を縦横無尽に駆け回った。

Lumbini&Chitwan

慣れ親しんだこの街ともそろそろお別れだ。

年が明ければ3ヶ月に及ぶ印度亜大陸の長旅が待っている。

気を引き締めなくてはいけない。


ヒマラヤ・クエストⅣ

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