Hitch the world

-Just a documentary on my journey-

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黒海 

黒海沿岸の街、トラブゾン。

湿気があるけど、

まあ今までの中央アジア、コーカサスと比べたら涼しいほうだ。

Trabzon

街はヨーロッパ風だったというか旧ソ連風だった今までと違い、

なんだか掴み所がなくて面白い。

Trabzon

通りには中東の匂いのする金銀財宝屋に並んで、

ヨーロッパのブランドショップもどきが鎮座する。

闊歩する人々はトルコ人からターバン巻いたアラブ人、

コーカサス系と幅広い。

まさに文明の交差点ですな。

さっそくトルコ系のおじさんに呼び止められ、

チャイをご馳走してもらう。

が、ここで重大な事実発覚。

英語ほとんど通じない。ロシア語まったく通じない。

トルコ語まで覚えなきゃいかんのかー。。。

頭が混乱してしまう。

長いロシア語生活のせいで英語あまりしゃべれなくなってしまったし、

まあ元からあまりしゃべれないからいいけど。

未だに商店で「タイグイラ!」(中国語で、値段が高いアルヨ!の意)とか言ってるし、

もう脳みそのキャパオーバーだ。。

Trabzon

気を取り直して、

今日はここから一気にトルコ南部へ下り、40℃の灼熱の大地へ行く予定。

どうやらそこには、ピッコロ大魔王たちが生息しているらしい。

Trabzon
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ピッコロ星人探訪記Ⅰ 

黒海沿岸のトラブゾンから17時間をかけて一気にディヤルバクルという、

トルコ南東部、メソポタミアの地までやってきた。

ここは1980年代からのクルド人レジスタンスの本拠地。

The Kurdistan Workers Party(PKK)と、

トルコ軍との激烈なバトルが繰り広げられている。

そして、クルド人にとってはクルディスタン共和国の本拠地だ。

Diyarbakir

ここに来てクルド人と初めて対面したわけだが、奴らプライド高し。

ロンリープラネット(Middle East)の表紙は、

アラブの男が談笑している写真なのだが、

これを見せると皆、「Fxck Off !!」といってひっ叩く。

Diyarbakir

クルド人はトルコをはじめ、イラン、イラク、シリアにまたがって住む、

国を持たない最大の民族。

元は遊牧民族だが、今は定住している者が大半。

世界大戦後に結局国をもらえず、やっかい者扱いされてなかなか大変だ。

Diyarbakir

さて、

噂に聞いた、お目当てのピッコロ大魔王は???

。。。ぜんぜんいない。

ターバンを巻いていて魔貫光殺法を撃ち放つという噂を

アルメニアのイェレヴァンで聞いたから、はるばるやってきたのに。

でも、なんとなく顔は似てるような。。。

Diyarbakir

むしろクルドのおっさんの伝統衣装は、

まるで日本のガテン系労働者の着るダボダボパンツとポケットいっぱい釣りベスト。

これでハチマキでも巻かれたら、いつでも日本の建設現場で働ける。

Diyarbakir

クルド人の歓待ぶりはいい感じ。

茶でも飯でもトルコのねばねばアイスでも、エンドレスで浴びせてくる。

そしてクルドの言葉とトルコ語を教えてもらう。

今のところ、食堂でチャイをタダにしてもらえる確率80%!!

貧乏旅行者にとっては、申し訳ないけど嬉しい限りだ。

Diyarbakir

旧市街は、ぐるりと城壁に囲まれている。

ビザンティン帝国時代のもので、長さは6kmにも及ぶようだ。

どうやら世界でも、万里の長城の次に長い建造物らしい。

キャラバン・サライと呼ばれる隊商宿やアラブ・スタイルのモスクも残っており、

千夜一夜物語の世界を垣間見れる。

読んだこと無いけど。

Diyarbakir

しかし、物価はトルコだから少し高いけど、

人が良いし、暑いけど湿気も少なくて居心地が良好。

Diyarbakir

しかしピッコロ星人たちは、いったいどこにいるんだろう?

もうちょっと探してみるか。。。

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ピッコロ星人探訪記Ⅱ 

ディヤルバクルから一路、ハサンケイフへバスの旅。

話によると、ここは数年後にはダムの底に沈んでしまうという遺跡の町。

岩肌を刳り貫いた洞窟が無数にあり、住居として使用していた様子。

ピッコロ大魔王の居所となにか深い関わりがあると察し来てみた(ウソ)が、

大魔王はおらず、相変わらず建築業者風のおっさんがたむろするばかり。

Hasankeyf

しかし、

意外にもここハサンケイフは一見の価値あり。

ティグリス河畔に面したこの町は、

日本ではほぼ無名だが、相当のインパクトがある。

Hasankeyf

トルコ人、クルド人観光客でごった返してはいるが、

少し奥へ入り込めば、そこはもう静寂に包まれた異世界。

約2時間ほど、炎天下の中をトレッキング。

Hasankeyf

右も左も蜂蜜色のそそり立つ岩肌、それに無数の横穴。

ナメック星と酷似(?)しているではないか!

期待は膨らむばかり。。。

Hasankeyf

クルド人は相変わらず最高に温かい人々。

Hasankeyf

ちょっと呼び止められては、

「良く来てくれた!」と、タダ飯、タダコーラ、タダチャイ。

本当にこのおもてなしっぷりには頭が下がります。

Hasankeyf

彼らは誇り高き民。

「クルディスタン(クルド人国家)」という言葉は、

トルコ人に対してはご法度だが、

クルド人に対して「ここはクルディスタンだよね!?」

なんて口走ってしまった日には、

濃い顔の男達は一瞬血相を変え、

辺りを見回してから満面の笑顔でほっぺにキス攻撃。

ヒゲがジョリジョリで痛い。

しまいには感極まって歌いだす始末だ。

Hasankeyf

クルド・ギャル達からはキャーキャー言いながらの写真攻撃。

逆がいいのになー。

Hasankeyf

依然として彼らによると言われるテロや軍衝突は頻発しているが、

元はと言えば周辺諸国と欧米列強が、、、、

まあ難しい話はおいといて、とにかく心温かい人々。

痛められ続けても、明るく楽しく前向きに生きているように見える。

なんかチベットに似てるな。

Hasankeyf

明日にはここを出て、もう少し南下してみようと思う。

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アジア横断完遂 

マルディンは丘の上の砦を中心とした、坂の町。

Amadia,Iraq

蜂蜜色の街並みはとってもキュートでラブリー(Lonely planetより抜粋)。

Amadia,Iraq

屋上に置かれた露天ベッドからは、満点の星空が。

Amadia,Iraq

しかし日中の酷暑とトルコ人観光客の多さにやられ、

もう少し東南アナトリア地方を散策したかったけど、もうだめ。



直通バスに乗り、

20時間をかけて遂にアジアの端、イスタンブールに来てしまった。

カッパドキア、パムッカレ、サフランボルも訪れずに。

Istanbul

とりあえずガラタ橋名物のサバサンドを食って、感傷に浸ってみる。

Istanbul

塩とレモンをぶっかけるといい感じに。



思い返せば2009年7月11日、

逃げるように成田を出発し、

タイではパンガン島でとにかく踊り狂い、

ラオスでは泥酔して激流に飛び込み、

中国ではチベタンとステージに立ち、メイド喫茶で大暴れ、

チベットでは3つの聖湖と聖山に参拝しエベレストで泥酔、

ネパールでは3ヵ月半ヒマラヤ山中を這い回り、

インドでは国境で先制パンチを受けながらも3ヶ月かけて一周し、

バングラデシュではたらふくご馳走になり、

パキスタンではスーフィーに驚愕し長寿村フンザで夜桜見物、

ウイグルでは半年ぶりの肉食解禁、

クルグズスタンではイシク・クル湖でホームステイ、

ウズベキスタンでは青の都に乾杯、

カザフスタンでは船を待ちわび結局来ず、

アゼルバイジャンでは微動だにせぬ長寿な人々と生活し、

グルジアでは元祖引きこもり村を訪れ、

アルメニアでは美女にうっとり、

南東トルコではクルド人のやさしさに癒され、

イラクでは荒野の村でナメック星人をやっとの思いで発見。


そしてやっと出発から372日目にして、イスタンブールに到達。

長かったアジア横断の旅が終わった。

日本で働いて過ごす1年は一瞬に感じられるけど、

旅で過ごす1年というものは本当に長く感じる。


この旅で得たモノ? ・・・特に思いつかん!!

今後のお金は?・・・破産寸前!!

行きたいところ?・・・そこそこある!!

ということで、

しばらくロンドンあたりでマニーゲット生活だ。

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